2007年11月18日

"Precisely ..." 第33章550ページ

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「そのとおり。ヴォルデモート卿がナギニを自分の代わりとして使い走りをさせなくなり、魔法の保護のもと、自分の傍に安全に置いておくようになるときがきたら、そのとき、ハリーに教えても大丈夫だと思う」
「教えるって何を?」
ダンブルドアは深呼吸をして、目を閉じた。
「ハリーに教えるがよい。ヴォルデモート卿がハリーを殺そうとした夜、リリーが自らの命を盾として2人の間に投げ出したとき、殺しの呪文がヴォルデモートに跳ね返って、ヴォルデモートの魂の断片が本体からはじけ飛び、崩れ行く建物の中にただ1つ残っていた生けるものに食いついて放さなくなった。ヴォルデモート卿の一部がハリーの内部に生き、それゆえにハリーは蛇と話すことができ、今まで決して理解できなかったヴォルデモートとの結びつきができたのだ。そして、ヴォルデモートがなくしたことに気づいていない魂の断片がハリーにくっついて、ハリーに守られている間は、ヴォルデモートは死ぬことはできない。
ハリーは2人の男が話しているのを長いトンネルの向こうから見ているようだった。2人はハリーから遠く離れていて、2人の声は奇妙にハリーの耳の中でこだました。

最後の文章はハリーのショックを表しているように思えます。この記憶の中でハリーは傍観者に徹していて、ハリーの感情については一切描写されていませんが、これはそれに一番近いものでしょう。

ダンブルドアの言葉によると、この夜ヴォルデモートは死んだ、肉体が滅びたということなのかと思われます(ハリーがその家の中で唯一の生きているものだったという表現から)。が、その後もヴォルデモートの本体の魂は肉体を離れて生き続けたことになります。ここがわたしが「感想と気になる点」で書いた部分なのですが、これが可能なら、なにもホークラックスを作る必要はないように思います。それとも、ホークラックスが1つでも残っている限り、宿っている肉体が滅びても永遠にヴォルデモートの魂は地上で生き続けることができるということなのでしょうか?
posted by みちえ at 23:33| Comment(3) | TrackBack(0) | 気になる英語表現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
"ハリーは2人の男が話しているのを長いトンネルの向こうから見ているようだった。2人はハリーから遠く離れていて、2人の声は奇妙にハリーの耳の中でこだました。"
確かにこれだけでハリーのショックの大きさが伝わってきますね。私自身がルーピンとトンクスの死の記述を読んだ時にこれに近い状態で読み返していたような気がします。(ショックの度合いは比べようがありませんが)
この記事を読みホークラックスの理解について自分が曖昧である事に気付き、6巻を読み返してみました。
ホークラックスというのは魂の一部を体外の物体の中に保存をしておく事で、肉体が破壊されたとしても死ぬ事は無くなる魔法。なぜなら魂の1部は滅びずに地上に残るからだそうです。みちえさんがご指摘のようにホークラックスが一つでも残っている限りヴォルデモートは復活できるという事なのでしょう。ホークラックスの魂を補填で使うというわけでは無いようです。
本来、一つのホークラックスが安全であれば済む所6個のホークラックスを作ってしまったために基本的な機能が話上曖昧になってしまった気がします。6個のホークラックスはヴォルデモートなりの縁起を担いだ考えなのでしょうね。後は日記の実験も兼ねていた等の思惑もあるでしょうけど。
ジェームズとリリーを殺した夜、肉体が滅びてしまい”霊魂にも満たないゴーストの端くれにも劣るものになった”ヴォルデモートがそれでも生にしがみついた事に恐ろしさを感じます。スラグホーンも「そういう形での存在は、望むものはめったにいない。死の方が望ましいだろう」と言っています。
Posted by Root at 2007年11月21日 18:06
Rootさん、どうもありがとうございます。たいへんすっきりしました。
これで、ヴォルデモートの生(=地上で生き残ること)にしがみつく執念の深さと恐ろしさがいっそう理解できたような気分です。そして、それだけ死というものを恐れていたのでしょう。よりストーリーに対して理解が深まったような気がします。ありがとうございました。
Posted by みちえ at 2007年11月21日 19:58
こちらこそ、ありがとうございますと言いたいです。この記事をきっかけに読み返してみて理解が深まった事により本のテーマである生と死について再び考えさせられました。
haruさんが感想と気になる点でコメントされていた内容もとても理解しやすく、今までアバウトだった部分が鮮明に解釈できた気がします。
みちえさんのブログは訳のすばらしさもありますが、言葉ひとつひとつを注意深く読んで論理的に解釈されている所がとても面白いです。その影響からかコメントもとても興味深いものが多いのでコメントも含めて楽しめますね!
残りあと少しですね。楽しみのような、淋しいような。。。
Posted by Root at 2007年11月22日 15:12
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